1978年刊(写真は1981年文庫化時のものだが、本記事は1978年刊初版単行本を元に作成)
腐臭、体臭、そして湯気
書名に「短篇小説」と明示されているにも関わらず、私は最初随筆としてこれを読んだ。6篇の主人公は全て同一人物のようであり、また別の人間であるようにも思える。共通しているのは<彼>はいつも揺蕩っている、ということ。異郷の地で、自身の職場で。身にこびりついた倦怠を、アルコホルまたは薬草による酔いと綯い交ぜにして<彼>は微睡む。そのくせ眼だけは冷たく醒めて、ハードボイルド小説の主人公のような佇まい。
正直なところ個人的には面白いと思える作品は一つもなかったのだけれど、言葉の選び方と描写は印象的だった。表題作「ロマネ・コンティ・一九三五年」が一番いい。
小説家は耳を澄ませながら深紅に輝く、若い酒の暗部に見とれたり、一口、二口すすって嚙んだりした。いい酒だ。よく熟成している。肌理がこまかく、すべすべしていて、くちびるや舌に羽毛のように乗ってくれる。ころがしても、漉しても、砕いても、崩れるところがない。さいごに咽喉へごくりとやるときも、滴が崖をころがりおちる瞬間に見せるものをすかさず眺めようとするが、のびのびしていて、まったく乱れない。…
目次
- 玉、砕ける
- 飽満の種子
- 貝塚をつくる
- 黄昏の力
- 渚にて
- ロマネ・コンティ・一九三五年
書籍情報
1978年刊(写真は1981年文庫化時のものだが、本記事は1978年刊初版単行本を元に作成)