パリの三ツ星「アルページュ」でアラン・パッサールに師事、数々の試練を乗り越え3年でスーシェフにまでなった大和撫子、狐野扶実子による随筆。
風変りな祖父に料理と味覚の手ほどきを受け、長じて料理に興味を持った著者は、大学卒業後にパリへ飛ぶ。結婚を経て、夫の仕事の関係でパリに戻った著者は、趣味の料理学校に通う(このあたりジュリア・チャイルドを思い出す)。料理の世界にのめり込んだ著者は、我が道を突き進む。料理学校で得た抜群の成績のことなど横に置き、料理以外の職位からで構わないという至極謙虚な姿勢で名門アルページュでの仕事を得た後は、技と度胸と強い意志でどんどんと職位を上げていく。…と、ここまでは本書の前段。
アルページュを辞した後、著者は巡り合わせからフリーランスの出張料理人へと転身。個人宅やパーティ会場に赴き、依頼主の注文に沿った食事を提供するという仕事である。私のような庶民には想像もできないけれど、高級レストランでの食事の代わりに自宅にシェフを呼び寄せて料理をさせる、という人種が世界には存在するらしい。もうこの時点で溜息、悲しいかな想像は食べる側に追いつかないため、自ずと料理を作る側(=書き手側)に感情移入して読み進む。
この仕事で特に難しいのは、職場が毎回変わること。戦場となるのは、多く他人の台所である。当然設備も違えば、オーブンの癖も違う。それを初見で把握し使いこなす反射神経が要求される。また、時にはビジネスクラスの切符で海外へ飛ぶこともあり、この場合は現地での材料調達がまた一仕事になる。ギリシャでは市場で言葉が通じず、身振りで庖丁を持たせてもらい魚を捌く場面も。
筆は淡々としつつも、おいしい一皿にかける著者の体温が伝わってくる一冊。お薦め。
目次
- ロット377
- お忍び
- フレデリックとの出会い
- ゲストは世界的ショコラティエ!(ジャン・ポール・エヴァン)
- 一枚の請求書
- ある国民的女優の誕生日会で
- 交通事故の晩に
- セーヌの水面で
- 期待外れのディナー
- ボルドー ワイン博覧会
- 猫とサプリメント
- アートとのコラボレーション
- どこでもドアがあったらいいな
- 出逢いと判れ
- ナポレオンに見守られて
- ルーブルの調理場はエレベーター
- ペニッシュ(船の邸宅)での出来事
- モンテーニュ通りのブルジョワマダム
- 共同経営者との約束
- ノエル ノエル
- 女性映画プロデューサー ヴェロニーク(シラク元仏大統領夫人)
- 大統領夫人とデザート
- 87歳、人生で一番おいしかった仔牛
- レシピを伝えたい
- アテネの宝石商
- バカラのダイニング
- 出張料理の流儀とは
- 食材との対話、「五感」を使って
- 切ない料理
- お好きな牛をどうぞ
- トリコロールの午餐会
- 儲からない理由
- メイドとの楽しい関係
- 残り物は神様からのプレゼント?
- あとがきにかえて「見えないものこそ大切にしたい」
本書で言及されている書物
- 「L'étudiant étranger(「留学生」)」Philippe Labro
本書で言及されている食物関係のお店
- アルページュ(パリ、シェフ:アラン・パッサール)