2004年刊(単行本:2002年刊)
ロシア語同時通訳を経て作家となった著者による、食の随筆集。ウォトカやキャビアなどいかにもロシア風食材の他、野菜やお菓子の受容史などを広い見聞と読書量で捌く様は見事で、次々と供される蘊蓄にただただ頷くばかり(但し著者は時に騙ることもあるので用心せよ)。しかし本書眼目は、味をめぐる著者の執着史とも言うべき回想部分だろう。
幼少期をチェコで過ごし、長じた後も仕事柄日本を離れることが多かった著者は、時折和食欠乏症の発作に襲われたらしい。今ここにないもの、否、正確には食べ物に対する欲求は激烈且つ執拗に彼女を苦しめる。
その夜は一睡もできずに苦しんだ。その次の日も、次の日も、一つのイメージに苦しめられた。まるまる一週間、頭のなかはおむすびのことで一杯だった。 引用元:「おむすびコロリン」(「旅行者の朝食」所収)
その他、子供時代に一度だけ食べたロシア菓子「ハルヴァ」の美味をめぐる時と場所の回想記や、「ちびくろサンボ」のホットケーキの謎についての考察、「アルプスの少女ハイジ」でハイジとクララが美味しそうに飲んでいたはずの山羊乳の臭いなど、五感をくすぐる随筆37篇。お薦め。
目次
Overture【序曲】
- 卵が先か、鶏が先か
Russian Rhapsody【第一楽章】
- ウォトカをめぐる二つの謎
- 旅行者の朝食
- キャビアをめぐる虚実
- コロンブスのお土産
- ジャガイモが根付くまで
- トルコ蜜飴の版図
- 夕食は敵にやれ!
Intermission【休憩】
- 三つの教訓と一つの予想
Andante Mangiabile【第二楽章】
- ドラキュラの好物
- ハイジが愛飲した山羊の乳
- 葡萄酒はイエス・キリストの血
- 物語の中の林檎
- サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか?
- ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家
- 狐から逃れた丸パンの口上
- 「大きな蕪」の食べ方
- パンを踏んで地獄に堕ちた娘
- キャベツの中から赤ちゃんが
- 桃太郎の黍団子
- 『かちかち山』の狸汁
- 『おむすびコロリン』の災難
Interlude【間奏曲】
- 神戸、胃袋の赴くままに
Largo【第三楽章】
- 人類二分法
- 未知の食べ物
- シベリアの鮨
- 黒川の弁当
- 冷凍白身魚の鉋屑
- キッチンの法則
- 家庭の平和と地球の平和
- 日の丸よりも日の丸弁当なのだ
- 鋭い観察眼
- 食い気と色気は共存するか
- 氏か育ちか
- 無芸大食も芸の内
- 量と速度の関係
- 叔父の遺言
- あとがき、または著者による言いわけ
- 解説・東海林さだお
本書に登場する書籍
()内は掲載ページ数。初出のみ示す- 10 「わたしの外国語学習法」カトー・ロンブ著/米原万里訳/ちくま学芸文庫
- 13 「文学的夢想」V・G・ベリンスキー
- 14 「名言名句辞典」N・S・アシューキン&M・G・アシューキナ
- 14 「詩学」ホラチウス
- 24 「ロシアは今日も荒れ模様」米原万里/講談社文庫
- 25 「ウォトカの歴史」V・V・ポフリョーブキン ランゲ・チェレット賞受賞作
- 30 「アガニョーク」(雑誌)
- 30 「科学史技術史の諸問題」
- 32 「パンと塩」R・E・F・スミス+D・クリスチャン著/鈴木健夫他訳/平凡社
- 32 「北槎聞略」桂川甫周
- 35 「熊の親切」クルイロフ
- 50 「新ラルース料理大事典」同朋舎出版
- 51 「辻静雄著作集」新潮社
- 53 「ソ連邦の民族料理」V・V・ポフリョーブキン
- 69 「ペルー・クロニクル」ペドロ・シエザ・デ・レオン
- 70 「世界食物百科」マグロンヌ・トゥーサン=サマ著/玉村豊男監訳/原書房
- 78 「点子ちゃんとアントン」ケストナー
- 84 「日本大百科事典」小学館
- 87 「petit ROBERT」(フランス語辞典)
- 87 「ランダムハウス英語辞典」
- 90 「岩波ロシア語辞典」
- 91 「料理芸術大事典・レシピ付き」V・V・ポフリョーブキン
- 97 「ワルシャワ貧乏物語」工藤久代/文春文庫
- 105 「紋切型辞典」フローベール著/小倉孝誠訳/岩波文庫
- 107 「桜の園」A・P・チェーホフ
- 111 「タクアンの丸かじり」東海林さだお/文春文庫
- 113 「亡命ロシア料理」ピョートル・ワイリ&アレクサンドル・ゲニス著/沼野充義他訳/未知谷
- 114 「週刊朝日」雑誌
- 117 「ガルガンチュア」フランソワ・ラブレー
- 122 「アルプスの少女ハイジ」
- 128 「ヨハネ傳福音書」
- 129 「マタイ傳福音書」
- 136 「ウィリアム・テル」シラー
- 136 「グリム童話集」
- 137 「猿蟹合戦」
- 138 「ちびくろサンボ」ヘレン・バナーマン
- 150 「大きな蕪」ロシア民話
- 152 「ロシア料理 ― その伝統と風習」V・M・コバリョフ
- 154 「親指姫」「雪の女王」「人魚姫」「鉛の兵隊」「マッチ売りの少女」「裸の王様」「醜いアヒルの子」「パンを踏んだ娘」アンデルセン
- 162 「植物に関する研究(通称『植物誌』)」テオフラストス
- 162 「農業論」大カトー
- 163 「医学典範」イブン・シーナー(アビセンナ)
- 164 「桃太郎」日本民話
- 167 「かちかち山」「舌切り雀」日本民話
- 171 「おむすびコロリン」「こぶとり爺さん」「花咲か爺さん」「若返りの水(=『養老の滝』のことだと思う)」日本民話
- 186 「守銭奴」モリエール(戯曲)
- 186 「倫理論集」「英雄伝」プルタルコス
- 187 「コンサイス人名辞典」
- 187 「ソクラテスの思い出」クセノフォン
- 188 「饗宴」クセノフォン
書籍情報
2004年刊(単行本:2002年刊)