天皇の料理番としての人生
大正・昭和にかけ、長らく主厨長として宮中の御膳を預かった著者の追想記。西洋料理との幸福な出会い、シベリア鉄道経由での欧州修業、大正天皇即位の饗宴、戦時下禁裏の倹しい食糧事情、終戦後の屈辱…。世情が大きく変化していく中、一貫して変わらないのは著者の料理に対する熱情であり、それが本作を屋台骨として支えている。行間からは職人の厳しい目が覗くが、添えられた著者の写真はどこか腕白坊主の面影を残していて、それが何とも良いお顔。著者と親交があったという吉川英治による序文に「老童子」の表現が見えるが、正にその表現にぴったりの風情。
本書では宮中での献立を具体的に解説するというより、その御膳を取り巻く人々/事物に紙幅を割く。清朝最後の皇帝宣統帝(愛新覚羅溥儀)、王冠を賭けた恋で知られるエドワード八世など世界の貴顕に関する思い出の他、食べ物に関する御所言葉や、皇室と食物に関わるエピソードなども収める。光孝天皇が食通であられたということは本書を通じて知った。そういえば百人一首「君がため春の野に出でて若菜摘む…」の若菜は人日の節句の七草粥のためのもの、と思い至りすっきり腑に落ちた。
昭和天皇の実際の御膳については、渡辺誠「昭和天皇のお食事」の方がテーマを絞っている分、判り易くまとめられている。渡辺誠さんも宮内庁大膳課に勤務された方で、秋山主厨長の後輩に当たるそう(20代初めの渡辺さんが宮内庁に入られた時、秋山主厨長は80の齢を超えていた)。
目次
- 序 著者へ贈る 吉川英治
黄金の箸と黄金の皿
- 黄金の端と黄金の皿(林権助)
- バッキンガム宮殿の饗宴
- 小坊主からコックへ
- コック修業今昔談
- 盗みだした献立(西尾益吉:築地精養軒料理長)
ヨーロッパ庖丁修業
- シベリア鉄道赤毛布
- ベルリンで教わった喧嘩作法(渡辺銕蔵)
- 玄人の修業と素人の稽古
- スープ鍋をぶちまける
- ジュードー武勇伝
- 大日本帝国大使館缶詰給与
- コックの社会的地位について(オーギュスト・エスコフィエ<オテル・リッツの料理長>)
大膳頭 福羽先生
- 松の廊下宮中版(福羽逸人)
- 果物の大恩人(大隈重信)
- 大正天皇の御大礼
- 鶴庖丁
果物の味
- 日本産デリシャス第一号(齋藤義政<銀座千疋屋主人>、ジョナサン・チャプマン<ジョニー・アップルシード>)
- 百果の王コミス(木村太一郎<ハネデューメロン栽培>、大原総一郎)
- 天下に一本 八百才の果樹
天皇のお食事
- 七分づきに丸麦(昭和天皇、一木喜徳郎)
- 真心がつくる味
- わが料理に悔いなし
- 天皇のお食事(昭和天皇、香淳皇后)
- 皇室の配給生活
- 陛下にさしあげた郷土料理
中国の謎
- 宮廷料理お毒味のこと(清朝宣統帝<愛新覚羅溥儀>)
- 中国料理の秘薬
- 底知れぬ大人の国
饗宴にうつる歴史の影
- 紳士の国の皇太子(英国エドワード八世<当時は皇太子>)
- うつりかわる饗宴(農学博士・川島四郎)
- 食べものの御所言葉
- むかしむかしの宮中料理(磐鹿六雁命、景行天皇、日本武尊)
- 食通・光孝天皇
- 西園寺公望公の舌(有栖川宮熾仁親王、甘露寺受長、西園寺八郎)
終戦前後覚え書
- 終戦前後の宮中食生活
- 禿頭のキスマーク(永田 雅一)
- アメリカは味覚の四等国
日本の美味
- 芸術作品・日本の牛
- 料理の修業は鼻の修業
- 苔がつくる鮎の味
- 酒で洗った酒樽
人生は料理なり
- 忘れ得ぬ二人の婦人(貞明皇后、入江為守)
- 菊池寛氏と吉川英治氏
- 料理屋のまちがい
- 料理芸術論
- 人生は料理なり
- 附・完全な食卓作法
中公文庫版巻末付録
- 追想 ――― 秋山主厨長との出逢い 谷部金次郎
- 秋山徳蔵 写真図鑑
- 索引